グリーンライン学校第3回レポート「まちを守る緑の働き -樹木の防災効果とアメニティ効果を学ぶ-」
2015/03/16
2012年7月7日、グリーンライン学校第3回では、公益財団法人地球環境戦略研究機関国際生態学センター(IGES-JISE)研究員の矢ヶ崎朋樹さんをお迎えして、東北沢~世田谷代田間の小田急線地下化上部に樹木を植える上で知っておくべき、緑の働きについて教えていただきました。
国際生態学センターのセンター長は世界中で4000万本以上の木を植え続けてきたことで有名な宮脇昭氏。矢ヶ崎さんは生態系回復のための研究をしたり、環境学習のプログラムを作ったりしていらっしゃいます。今回の講座でも専門的な知識をわかりやすく、ユーモアと熱意を織り交ぜながら語ってくださいました。
まずはじめに、「森のいろいろな働き」と題して、私たちの普段の生活にも身近な樹木の効用についてお話しいただきました。緑の少ない下北沢で真夏に恋しいのは木陰です。矢ヶ崎さんは横浜の山下公園で、樹木が気温を和らげる機能を実際に計測してみたそうです。2007年7月9日14時~14時半。日なたのベンチやアスファルトは55℃前後。レンガは40℃以上。芝生は35℃弱。カイヅカイブキ、ヤマモモ、マテバシイ、ハマゴウなどの葉の表面では30℃~20℃。この差は歴然ですね。樹木の多い場所では保養機能(フィトンチッド=香り物質が疲労を軽減させ気分をリラックスさせる)や療養機能(ストレスホルモン濃度が低下する)も期待できます。
また昔から「火防木」ということばがありますが、樹木には災害時の防火機能、熱風を遮る機能があります。ただし樹木には燃えにくい種類と逆に燃えやすい種類があるので、樹種の選定には気をつけなければなりません。燃えにくいのはサンゴジュ、ヤツデ、マサキ、サザンカ、ヤマモモ、サカキ等。燃えやすいのはアカマツ、クロマツ、ユーカリなど。
大震災で予想される大規模火災が恐ろしいですが、関東大震災では竜巻のような「火災旋風」が起こったそうです。旋風の数、東京100個以上、横浜約30個。避難所となっていた本所の旧陸軍被服廠跡では約4万人が亡くなりました。板塀で囲まれた空き地に火災旋風が襲来し、火の粉が落下、避難者の運び込んできた家財道具など大量の可燃物に着火・炎上したからです。関東大震災後に綿密に調査した、1923年の河田・柳田両氏の研究結果によると、樹木の防火効果が以下のようにまとめられています。※現代語訳は後藤(2006)より引用。
- 火先の正面を防ぐには、幅36メートル以上の樹林で、上木にシイ、シラカシの類を、下木としてヤツデ、アオキ、ユズリハ、ヒメユズリハ等の常緑樹を植栽したものでなければ十分でない。
- 植え込み、植林または並木で下木が植栽してあるものは、無いものに比べて防火能力が大きいのはもちろんであるが、下木としてヤツデ、アオキを植栽したものは効果が特に著しい。
- 植え込みまたは並木の中位以下を煉瓦塀や土塀で保護されたものは、いっそう防火力を発揮する。
- 防火帯の中央に空き地を設けて、内外二列に密植したものは効果が大きい。
- 並木の内側もしくは外側に空き地があると防火能力はいっそう顕著となる。特に火炎と接する側に空き地がある場合には、防火能力が大きくなる。
つぎに、「身近な自然を知る」ということで、植生に関する3つの用語を教えていただきました。ひとつは潜在自然植生。人間の影響を一切停止したときに、この土地が本来どんな自然植生かというものです。二つ目は現存植生。現在そこに存在している植生。三つ目は原植生。人間が影響を加える前までの植生を指します。
では世田谷区周辺の現存植生と、潜在自然植生はどのようなものなのでしょうか? 入手可能だった資料は1986年の図なので少し古いのですが、その時点ですでに現存植生ではほとんど森がなくなってきています。潜在自然植生では世田谷区の地域はシラカシ群集。樹種としてはシラカシ中心ということになります。斜面下部であったり、適潤の状態だとケヤキが混在する可能性があります。都内でも沿岸に近づくとスダジイ→タブノキが中心になります。いずれも常緑広葉樹林です。クヌギ、コナラ、クリ、エゴノキなどの落葉樹を中心としたかつての世田谷の雑木林風景は、薪炭として人が利用するために手を入れてつくられた代償植生です。
では森をどう作っていけばいいのか、どういうふうに作られてきたのか。まずは明治神宮方式について。明治神宮はほとんど不毛の原野だった場所に、一から作られたものです。現在92歳。基本の樹種は常緑広葉樹(カシ、シイ類)。苑内の地形の変化に合わせた適地適木(谷筋にはムク、ケヤキなど落葉樹、台地にはスダジイ、カシノキ、クスなど常緑広葉樹)を配置していきました。全国から献木を募集し、最初からある程度の高さがある木を植えました。
つぎに混植密植方式です。高くてもせいぜい30cmから40cmの三年生くらいの実生苗(どんぐりなどから育てた苗)を、1平米あたり3~4本密植します。潜在自然植生の主役になる木を中心に、それぞれが競争しながら、それぞれの木の特性に応じて自然に森が育っていく。はじめ30㎝だった苗木が3年目で樹高2.5~3mに成長します。立派に育った一番の例が宮脇先生のかつての職場であり、矢ヶ崎さんの母校でもある横浜国立大学のキャンパスの森。もとはゴルフ場だった場所に1970~80年代にかけて植樹されました。現在、正門を通ると緑の森のトンネルのようになっています。
日本や世界の各地で現在進行形の森づくりが行われています。そのなかで、矢ヶ崎さんが深く関わっていらっしゃる鯖江市での事例を詳しくご紹介いただきました。森づくりの成功の鍵はずばり、人だと言うことです。鯖江市ではNPO、民間企業、森林組合、教育機関、環境教育機関、伝統工芸、地方行政、等々さまざまな立場の人々が集まり、話し合う場が実現したのが大きかったそうです。活動を支えるスタッフみずからが多様な関係者と話し合いをし、そこで協力関係を築いてくださったことが成功要因のひとつだったそうです。
そうして集まった様々な人たちが、ふるさとの自然を観察し、地図にまとめあげました。森林保全や森林資源の生かし方について、座談会で問題点や解決策を話しあいました。また、子供たちの声を聞くために森の絵を描いてもらう試みや森の学習会を開きました。そして苗木づくりのための種拾いは「森の宝」さがしというイベントにしました。子供たちはとかく種よりも昆虫などの動く生き物に関心がいってしまいますが、植物の名前や利用用途など次々に言い当てる驚くべき少年がいたそうです。彼は小さいときからおじいちゃんと一緒に山に行って教えてもらっていたのです。世代から世代への植物の知識や知恵の伝承がかろうじてまだ残っていました。
鯖江市では市内の全小学校(12校)で苗作りが実現しました。3年生の秋に神社、古墳、山裾などのシラカシ、ケヤキ、ブナなどを母樹としてどんぐりなど種を拾い、種まきをします。4年生になって5~6月、芽が出るので、鉢上げ(株分け)をします。5年生の間、栽培と観察を続け、自分たちの学んだ知識や経験を今後の苗木づくりに生かす活動をします。そして6年生になり、自分たちで育てた苗木を植樹します。2011年11月10日、鯖江市の第1回植樹が実現しました。小学6年生766名と地元の人々により、ふるさとの自生樹木18種、2300本が植えられたのです。
写真提供:越の郷地球環境会議
写真提供: 越の郷地球環境会議
講座の最後に、矢ヶ崎さんから地域住民への熱いメッセージがありました。次のステップを歩むときに、森づくりのドラマの参加者はみなさんであると。森づくりを通じて、いろんな肩書きの人がともに働き、今の世代と次の世代、親と子が一緒に活動する場を、地域コミュニティーの中でつくっていける。奥行き1m程度でも豊かな植栽ができる。かつての屋敷林や生け垣もこうした発想で作られていた。主役の樹種を間違えなければきっとうまくいく。
講座のあとは参加者からの質疑やアイデア交換がありました。落ち葉対策は、落ち葉をゴミとして処分しないで土の上に戻せばいいこと。羽根木公園は戦前までは薪炭林で、戦中・戦後に乱伐されてはげ山になり、その後公園として整備されて今の姿になったこと。人の手を入れて管理できるのであれば、雑木林を一部取り入れるのもいいこと(ただし防火効果は常緑樹より弱まります)。枝葉や間伐材を都市で供給し利用するライフスタイルも考えられること。小田急線地下化上部でも基盤整備をすれば植樹は可能であること、等々、活発なやりとりがありました。
下北沢での緑の環境作りに勇気をくださった矢ヶ崎さん、どうもありがとうございました。秋には矢ヶ崎さんを再びお招きして、羽根木公園などでの自然観察とどんぐり拾い、種まきを行いたいと考えています。
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