「ローメンテナンスでつくる緑空間」レポート
グリーンライン下北沢セミナー
ローメンテナンスでつくる緑空間~小田急線上部デザインを考える~
日時:2015年12月26日
場所:下北沢駅西側緑地予定地周辺~北沢タウンホール11F研修室3・4
講師:井上洋司氏(ランドスケープアーキテクト)
穏やかに晴れて暖かい師走の土曜日午後、グリーンライン下北沢のセミナー「ローメンテナンスでつくる緑空間~小田急線上部デザインを考える~が開催されました。小田急線上部は市民参加のワークショップも複数行なわれ、「北沢デザイン会議」を経て制定された「北沢デザインガイド」をベースにプランが検討されているところです。今回は上部利用の主要な要素である緑化をテーマに、『ローメンテナンスでつくる緑の空間』の著書のあるランドスケープアーキテクト、井上洋司さんをお迎えして、予定地を見学し、お話をお伺いすることといたしました。
- 午後2時に工事中の世田谷代田駅に集合。続々と集まる参加者に、小田急線上部利用と緑化への関心の高さが伺われ、うれしい驚きでした。右手のグレーの上衣が講師の井上洋司さん、その左の黒の上衣がグリーンライン下北沢代表の小林正美です。
- 最初に向かったのは代田富士見橋。富士山はあいにく雲に隠れていましたが、晴れているときの写真で眺めを確認。線路跡地上に建設された集合住宅が眺めをだいぶ遮ってしまっているのが残念です。
- 下北沢方向に歩き始め、古くからある民家の前で井上さんは足を止められました。常緑樹と花木を中心にした典型的な庭の緑です。近くの別のお家ではモッコウバラに目を留められ、ローメンテナンスな緑化に使える樹種の一つとのご説明がありました。
- 小田急線の跨線橋を渡ります。
- 跨線橋の欄干から線路跡地を見下ろせます。このあたりは小田急電鉄が住居建設を予定しており、その脇に世田谷区が4m幅の通路をつくります。隣接する民家と通路を区切り、目隠しする緑化の役割が考えられます。
- 跨線橋を渡ったところにある古くからのお屋敷。立派なクスノキや生け垣が目をひきます。生け垣は複数の樹種が組み合わさった「混ぜ垣」になっています。これも樹種をうまく選べば、ローメンテナンスでかつ変化を楽しめる植栽に応用できそうです。
- 小田急線上部利用で世田谷区が整備をする中では一番拡がりがある、旧下北沢3号踏切と2号踏切の間の緑地・広場予定地に来ました。グリーンライン下北沢代表小林が説明しています。旧3号踏切から西側は小田急電鉄が整備する駐車場と区が整備する幅4mの通路が予定されています。青空駐車場の予定ですが、間に木を植えるかパーゴラを設けるなどして緑化してもらえないか提案しています。
- この開けた空間が緑地・広場予定地です。その緑地・広場をどのように使い、どのように緑化するかが上部利用の緑化の中で大きなテーマになります。その向こう側は、下が駐輪場、上が緑化した通路となる立体緑地が予定されています。旧2号踏切があった道路をまたいで階段で緑地に下りてくる計画です。
- 旧2号踏切を見守っていた踏切地蔵。ここも緑地・広場に面するかたちになるので、どのように一体化して整備するかも大事なポイントです。また、踏切地蔵は私有地なので、地権者がこの場所を守り続けて下さるように地域住民が訴えかけることも重要ですね。
- 北沢タウンホール11階の研修室に場所を移しました。まずはグリーンライン下北沢代表・小林正美より簡単にグリーンライン下北沢の経緯についてご説明。
- 保坂展人区長が到着しました。上部利用計画の経緯についてお話下さいました。保坂区長の働きかけで、一つながりの歩いて楽しい場所へと計画が見直され、防災面の配慮も強化されました。北沢デザイン会議という色々な関係者と市民とが一堂に会して話し合う場も設けられましたし、近い将来、上部利用についてのインフォメーションコーナーも設立される予定だそうです。
- お待ちかねの井上洋司さん講演です。ここからは井上さんのお話の要約を記載いたします。「緑は好きだけれど面倒では?という声をよく聞きます。お役所でまで出てきている意識です。以前仕事で、パーゴラは作りたいが、植物は植えないでと言われたことさえあります。緑にもっと近づきやすくするにはどうしたらいいか? 問題は、日本では江戸時代の庭園文化が根強く残っていて、緑の知識がそのままだと言うことです。そのルーツは平安時代の作庭記まで遡ります。現代の都市生活に合うかたちでの、緑への考え方が定着していません。日本的な都市の緑のあり方がここ下北沢の小田急線上部利用から生まれるのではと期待しています」
- 「代官山ヒルサイドテラスの裏の庭の管理を任されています。以前は枝が混んで暗い庭になっていましたが、山の伐採技術を持つスタッフに頼んで、紅葉が映えるように、暗くしている枝を落としてもらいました。山の技術があると、高い位置の枝を適切なやり方ですかすことができます。こうして人にとって心地よい空間に変わりました」
- 「人によって心地よい空間とは? つまり街にとって良好なランドスケープとは、営みと自然とわざとがシンクロする場所だと考えています」
- 「著書『ローメンテナンスでつくる緑の空間』では緑の機能を3つに分類し、メンテナンスの仕方と合わせて語っています。その一つが『くぎる』です。緑でくぎる目的には
- 土埃をよける
- エリアを分ける
- 違う場所を作る
- 垣間見えるようにする
があります。
その目的に合わせた緑の高さと、それに合う樹種があります」
- 「緑の機能の二つ目は『つなげる』です。緑で景観をつなげる手法に次のようなものがあります。
- 段差をつける
- 枠の中に風景を入れる
- 区切りつつつなげる
- 導線をつける
この図にはそうした手法を組み合わせて表現しています」
- 「写真は住宅街のミニ開発の事例です。配置などを工夫することによって、街区の中にそれなりの緑のかたまりを設けることができました。異なる住居の敷地や公有地が入り組んでいても、床を統一することによって一体に見せ、狭いところを広く見せています。小田急線上部利用でも小田急電鉄が手がける部分と世田谷区が手がける部分を一体化して考えることで、緑のボリュームを増やせると思います。また、借景も風景を取り込んでつなげる手法の一つです」
- 「緑の機能の3つめが『囲む』です。この図は整形された緑で囲む場合と、自然樹形の樹木で囲む場合を示しています」
- 「この事例はマンションの公開空き地です。植栽はマンションのプライバシーを守ることと西日を遮る役割を果たしています。メンテナンスは容易で、誰が切っても大丈夫です」
- 「また著書では、緑の空間をつくる3つの部位として、緑の床、緑の壁、そして緑の天井の作り方について解説しています。緑の天井を作る上で日本でポピュラーなのは果樹園の方法です。木の樹形を変えて、同じ高さで収穫できるようにしています。こうしてメンテナンスをだれでも一定の方法で行えるということになります」
- 「江戸時代の庭園手法は個人の技量次第ですが、パリなどの海外の街路樹などは、技量のない人でも美しくメンテナンスできるようにしています。上に伸びる樹種を選び、いつも同じところで伸びるので、誰が切っても美しく整えられます。写真は私のアトリエの前に植えているトウカエデです。この考え方で樹形を整えており、秋には紅葉も楽しめます」
- 「写真は私の事務所近くの国分寺崖線の樹林です。人間には自然の中にいたいという欲望があります」
- 「街中の緑を自然な樹形に保つにはどうしたらいいでしょうか? 剪定の技術では、枝を『切る』ではなく『つまむ』と言います。光合成をちゃんとできるように、適切な箇所で余分な枝を省くということです。また、傷口がすぐふさがるように、下向きに切ります」
- 「色々な種類の自然樹形の違いをうまく利用する方法もあります。この『ファスティギアータ』『プロストラータ』、『ペンデュラ』などの用語は植物の形状を表現するのに使われているものです。ただ西洋ナラのファスティギアータは日本だと害虫がつきやすく、イタリアンサイプラス(糸杉)もまだ日本で取り入れられるようになって20年くらいですが、日本に合うかどうか分かっていません。中にはヒマラヤスギのようには日本に合っていて、萌芽力が強いので生け垣にも使えるものもあります。ヨーロッパで栄えた庭園技術やエコロジー技術は、単純に日本にそのまま持ってきても降水量や温度・湿度変化がまったく違うので、通用しない事が多いものです。下の図で示しているのは萌芽更新です。街中で大きくできない場合は、大きくなったら切ってしまって、そこから萌芽させて株立ちに育てる方法が適しています。この手法はこれから日本の風景を作るのに役立ちます」
- 「刈り込みに強い木は丈夫で、ローメンテナンスだと言えます。これは低木の植え込みによく使われるドウダンツツジです。ドウダンツツジは、刈り込みばかりにつかわれていますが、成長が遅いので、自然樹形をたのしむには、メンテの掛からない木になるとおもいます。白い花も紅葉も楽しめます」
- 「これは国分寺崖線で空を見上げて撮った写真です。ここには重要なことが写っています。異なる木の枝と枝の間は空間があり、互いに制御しながら共存しているのです。枝と枝がぶつかり合って芽が飛ばされて、それ以上伸びないのです。表参道のけやき並木も木と木の間が6mから7m前後なのでうまくいっています。100年前に本多静六博士は明治神宮の森を手入れがいらない森として設計しました」
- 「並木の間はくっつけて植えた方が制御できるのです。写真は幕張の住居街区。タブノキ(常緑)とアキニレ(落葉)がぽつぽつと植えてあったのを間を埋めるように補植してもらいました。木と木の間は4.5mです。常緑樹は干渉し合ってそれ以上広がらないので、剪定いらずです。8m以上離れていると剪定が必要になります。これは植えて15年の様子です」
- 「今回特に提案したいのは、天の橋立から学ぶ、ということです。約8000本の松林では枝葉がたくさん落ちます。松の葉は栄養豊富なので土壌は栄養過多になりますが、本来痩せた土地を好む松は養分が多いとさぼってしまい、倒木が増えます」
- 「そこで天橋立では地面表層の腐葉土を除去し、その後の松の生育状況を調べる実験を行なっています。なお、地表に松葉が溜まって腐葉土化するという状況は昔なら起こりませんでした。松葉は非常に良い燃料になるので、みな拾われたものだったのです」
- 「松の葉は他にも色々役立ちます。苔は霜に弱いので、苔の庭では冬の間、松葉をまいて保護しました。それが冬の景観にもなっていました。松の葉を焼いた灰は釉薬にもなり、貴重なものでした。こうした循環型の考え方を取り戻す必要があります」
- 「著書にも書きましたが、一軒の家の薪ストーブで、緑をどれくらい守れるかを考えてみました。計算すると、一軒の家のストーブで、2000㎡の雑木林を保てることが分かりました。8年に一回伐採して萌芽更新し、永遠に緑を残すことができます。住宅はストーブつきでないと建てないくらいの意気込みが必要だと思いました」
- 「写真はモンマルトルの丘の下にあるパリ市が持っているブドウ畑です。1500㎡くらいの広さに2400本のブドウの木が植えられています。管理をする市民を公募していますが、大人気で抽選だそうです。醸造所はパリ18区の区役所にあり、10月の収穫祭でワインを飲むことができます。モンマルトルのブドウ畑は古代ローマ時代からあったのですが、市街化で1920年代にはなくなってしまっていました。その後1930年代に画家の呼びかけで再生したそうです。市民の参加で緑の場所が復活しました。モンマルトルゆかりのアーティストがワインラベルのデザインをしたりという後押しもあって、ここで作られたワインはプレミアムになっています。このように人々の関わりを引き出すことで緑を守ることが可能です」
- 「下北沢の小田急線上部の緑化では、下を鉄道が通っているので、土の厚さがあまりとれないと聞きました。急遽そのような事例の写真を持ってきました。この写真の場所ではほとんどの部分が土の厚さ20㎝、梁と柱の際だけは60㎝です。60㎝の部分に中高木を植えています。その程度の土の厚さでも、これだけの緑化は可能です」
- 「最後に、『ローメンテナンス』と一口に言っていますが、本当は、メンテナンスが人のいとなみにつながっていれば、人はローメンテナンスと感じるのだと思います。つまり自然の摂理や仕組みを理解して、これを利用する知恵を組み込んだ『いとなみ』の仕掛けを作り出せば、街の生活に共存できるローメンテナンスな緑のランドスケープが生まれるのです。この下北沢から、新たな日本の都市の緑のあり方のスタンダードが始まることを期待しています」
井上さんの講演の後、休憩を挟んで来場の皆さまからの質問にお答えいただきつつ、グリーンライン下北沢の小林、色川、関橋を交えてのトークセッションを行ないました。
- 水路を作ることはできるか?→あれよりも狭い場所でも作れている。循環システムを作れば、マンションのメンテナンス程度の手間で済む。メダカを入れると水質保持に効果的。水源を何にするかをよく考える必要がある。せせらぎは大規模な装置が必要なので難しいとのこと。
- 食べられるものを植えてはどうか?→収穫する喜びがあると市民参加の仕組みを作りやすいのは確か。果樹は病気がつきやすいという弱点はある。とくに品種改良したものは弱い。ブドウは作れるし、キウイも手入れが簡単。会場からレモンもこの地域の気候に合っているとのご提案がありました。
- 屋上緑化は土埃が出るので歓迎されないのでは?→低木を植えることでずいぶん違うし、木のチップなどでマルチングし、散水を合わせて行なうことで防げる。
- 日本の緑化思想が江戸時代のまま、ということについてもう少しご説明→街路樹の下枝が揃っていないのは日本庭園の技法の流れをくんでいるから。街路樹は下枝が揃っている方がいい。日本の庭園文化は素晴らしいが、街中の緑化には別の手法が必要。
- 落葉樹は植えにくいのか→街中の緑化は周りとの関係がある。周りの人とのコミュニケーションをうまくとれば植えられる。緑地・広場の近くにクヌギを庭に植えている家があった。そういう家は理解があると思うので、一緒にやっていくといい。
- グリーンインフラについて→都市は熱を持つもの。建物も人も熱源。人も動物も消費だけしている。植物だけは「生産」力がある。生産力のない都市は滅びる。道路を作る時代は終わった。たとえばデンマークのあるコンペで出た画期的なアイデアは、8車線を無くして住宅開発に売り、そのお金を路面電車と自転車道の整備に使うというもの。
- 草花はどんなものがいいか→ユリ科と菊科とネギ類はメンテナンスがかからない。放っておいても増えていくものがいい。
- 緑地・広場予定地をごらんになって、どのような場所をイメージされたか?→何もない空間ができたら素晴らしいと思った。周りに木があって何もない空間。場所の力が出てくる。目的のために何かをつくるのは、目的の意図が見えていやらしい。たとえば徳島県の脇町、船着き場公園にはチガヤだけを植えた。5月には穂が揺れて、街並みに映える。
- 立体緑地の上は風と乾燥と日照りがきついと思うがどうしたらいいか?→低木は防風林にもなる。ただし土の厚みがないので、植え込みの枡がつくれるかなど具体的な話をしていかないといけない。
- 木は会話していると樹木医から聞いたことがあるが?→木はえげつない。ジャブのやり合いをしている。木は自分の力だけでは養分がとれないので、根圏では微生物と共生している。だから移植するときにも、根圏の微生物も一緒に運ぶために土をつけて持っていく必要がある。微生物との関係が特に強いのがソメイヨシノなので、桜並木のリニューアルは難度が高い。また、コンパニオン・プランツという、助け合って病害虫から身を守る植物の組み合わせもある。そういうことも含めてランドスケープデザインと言える。
講座はここまで。グリーンラインの未来に向けて、たくさんの重要なご提言をいただきました。井上さん、参加者の皆さん、どうもありがとうございました。
*その後、まだまだ話し足りないという参加者が井上さんを囲んでしばしの対話の時間が設けられました。その中で出たお話の数々。
- 森と都市がもっと交流すべき。
- 都市には背骨の森が無くなってしまった。グリーンラインがその役割を果たせる。
- 江戸時代の庭園文化はワーキングシェアで成り立っていた。2代将軍秀忠が大の植物好きで、各大名がオモトのコレクションに献上していた。大名屋敷には中屋敷・下屋敷・表屋敷があり、それぞれに庭園を造らせて国自慢をさせていた。経費を落とさせて庶民の仕事を作る。そうやって庭園も成り立っていた。近代とは反対。
- 緑の奥行き、高木、中木、低木。向こうが見通せないので都市では危ないとされ、邪魔物扱いされる。
- 緑道は所々二叉にするのがランドスケープの常識。向こうからやってくる人と顔を合わせたくない場合に、逃げ道になる。
- 街の木のあり方を再考する必要がある。みなで育てるまちづくり。
- 1/9に予定されている街路樹サミットでは街路樹の剪定システムのおかしさを指摘する。植木屋さんは既得権で、仕事のペースの都合でとんでもない時期に切っている。だからうろができて木が傷んでしまう。
- 中国の街路樹は若木を植える。5mまで育つと上を切る。そうすると高さが揃う。植えて切る文化がある。
- 参加者より。喜多見では東京都の農業特区第1号として農業公園が設立される。井上さんのArt in Farmの活動を参考にしたい→Art in Farmを続けてきて、アートによって環境が変わっていくことが実感できた。これから野菜のカクテルのお店を出すことになっているし、ストーブパーティーなども行なう予定。
- 上部利用の一部では隣接する民家との間に擁壁ができて問題になっている→法面保護にオカメザサは向いている。オオイタビカズラは擁壁の緑化にいい。4㎝の隙間があれば育つ。
まちあるき、講座、談話会を通じて関心の高い参加者と井上さんとの濃密な時間を持つことができました。「ランドスケープとは人のつながり」と井上さんはおっしゃいます。グリーンラインが人を繋ぐランドスケープになれるように、これからも努力をして参りたいと思います。
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